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維新伝心 ~校長室より~

小判校長の教育論

本校の教育理念を基盤とし、そこから発する校長の教育論は、毎日学校全体に響き渡っています。
このコーナーは、その一部を紹介していくコーナーです。

団結

2017年10月02日

あっという間に夏が往き、ちょっと目を離している隙に彼岸花が枯れかけています。
季節は一定のスピードで循環し、私のように68歳の爺さんは、ついつい最期(臨終)の方をみてしまうのでしょう。
若い君達は、うそのようなはなしです。
後期のメインイベントである『演武祭』の今年のテーマは「団結」。生徒が決めてくれました。
「団結」、今や古くさい言葉となりましたね。
我々、人間というよわい動物は、力を合わせて生きのびてきました。
それが、いつの間にか一人一人の力を競い合う激しい競争社会ができ上がり、人と人とが協力し合いながら生きていくことの大切さが忘れ去られてしまいました。
すべての人が勝者をめざす価値観は、だれしも敗者になるということを度外視しているように思えてなりません。
〝勝つことばかり知りて 負くること知らざれば 害その身にいたる〟
 徳川家康の遺訓です。
自分が弱者であるという認識は、全ての出発点でなくてはなりません。
弱者だからこそ、強者をめざすのです。たとえ何かの勝者となっても、いつまでも勝者であるはずがなく、だから、勝つことばかりを考えている人は、敗けることにびくびくしながら生きていくことになります。
人と競い合い勝者をめざすよりも、人と協力し合いながら生きていく方が、どれほどのびのびと生きることが出来、収穫も大きいことか。
「団結」の大切さを感じとっている生徒達はすごい。大したものだ。

2017年08月30日

禅林学園高等学校が開校して5年目。
「行き場のない子供をつくらない」
子供達はそれぞれいいものを持って生まれている。
なのに、なぜ行き場を失い未来を閉ざされた子供達が彷徨うのか。
子供達を導く私達大人がしっかりしないといけない、と痛感する。
そんな小さな思いが、高等学校開校の原動力となったことに
今さらながら本校教育の重要性を再認識し、使命感を新たにする。

出会い、感動の詩人

2017年06月08日

先日、ふと新聞の紙面から飛び込んできた言葉がある。

  つまづいたって
  いいじゃないか
  にんげんだもの
       みつを

今を時めく書の詩人、相田みつをの作品だ。
書店には足繁く通っているはずなのに、初めて知った。まわりはみんな知っていた。
折しも、私の住んでいる県内の美術館で作品を展示していることを知り、次の休日、車で二時間半ほどかけて行った。

最初の作品に釘付けになった。
次の作品、そして次の次と、彼の世界に吸引され、出口を見失った。
はっと我に返った時、三時間が経過していた。

  花を支える枝
  枝を支える幹
  幹を支える根
  根はみえねんだなあ
         みつを

花や枝葉ばかりが大きくなって、それを支えきれないであたふたしている自分に気付く。
「根はみえねんだ」
肝心なところは見えていない。エンジンの露出している車を見たことない。
あたふたするなら花や枝葉を切り落とすしかない。
自分の器で生きればいい。ええかっこすることないと気付いた。

  いいことはおかげさま
  わるいことは
  身から出たさび
       みつを

いいことは自分の力、わるいことは人のせい。
こんな時代的ものの考え方がいかに、自分の身に百害を与えているのか気付かされる。

たくさんある本の中から『にんげんだもの』が、今、通勤の瀬戸大橋線の愛読書となっている。

                     ( 相田みつを『にんげんだもの』より引用)

新しい年度にあたり、一言申し上げます。
新年度はじめは、新しい顔触れも加わり、ぎこちなく、不協和音が生じやすい時期でもあります。
でも、この不協和音が、実はこの学園での一人一人の居場所を確保していく上で、とてもいい布石になっているように思えてなりません。
〝雨降って地固まる〟
ちょっとした諍(いさか)いは、相手への偏見、誤解など、異質なものへの過敏な反応から生じる何ら根も葉もないものです。
人と自分とそんなに違いはありません。
〝人すなわち 神なり 仏なり〟ですから。
違うとしたら、枝、葉の部分でしょう。勉強が出来るとか、感性が豊かだとか、力がつよいとか・・・・・は、その人の生きていく上での上辺にすぎません。
本質は、あらゆる人に備わっている〝霊的なもの〟です。
この〝霊的なもの〟が人によって違うわけがありません。
上辺の違いは、あくまで上辺のこと。こんなものに一喜一憂することは、愚の骨頂です。
同じ学園に集まって来た人と人と人との縁、もしかしたらこの大宇宙で仕組まれているものかも知れません。

青春の時

2017年02月20日

全国に悪名高き〝けんか学校〟
私の母校です。
県下のあちこちから荒くれ者が集まって来ました。
勿論、公立高校を受験し、失敗した者ばかり。
しかも男子校。
入学当初は、制帽を隠しながら登校していました。
それも束の間。人間味のある生徒達。強面の上級生は意外とやさしく、
血の気の多い同級生は意外と思い遣りがあった。
弱い者に絶対に手を出さない。この学校の暗黙の掟があった。
日に日に校風に魅了され、荒くれ者の一員になった。
今までの自分の常識が見事に崩れていった。
常識の向こうに、小さいけれど美しい世界があった。
気がつくと制帽を深深とかぶり、誇らしげな自分がいた。
ふと青春の一齣を思い起こした。

学校は自動車教習所

2016年12月21日

 どの時代にも、その時代その時代の悩みがあったに違いない。
 でも、いつも、今の時代こそ前代未聞のピンチに陥っていると警鐘を促しているのは、それだけ自分の生きている今に執着しているということの証だろう。
 いじめは昔もあった。差別も然り。
 松本清張の「砂の器」に登場する主人公は幼い日日、故郷を追われた癩病(ハンセン病)の父親と二人、目的もなく流離った。そして、行き先先で不当な扱いを受けた。
 病気に纏わる差別。今でもある。もっと言わせてもらえば、学歴差別、スポーツ差別、学問や運動の世界にも差別はある。
 この世の中で生きることに疲れ果て、中には自らの命を自らの手で絶つ人もいる。
 〝みんな違ってみんないい〟
 と言った詩人の金子みすずさんも自ら命を絶った。
 人の世を生きるということは、苦痛を伴う。
 自転車に乗るためにかなりの練習を重ねた。自動車を運転するために自動車教習所に通った。
 しかし、人間は、生きる練習をせずに生まれて来た。だから、生きながら練習をしなければならない。
 路上で運転しながら練習をするのだから失敗した時のダメージも大きい。
 せめて、小学校、中学校までは自動車教習所でありたい。ところが学校の先生たちは、教習所の教官どころか、警察官になって生徒達をさばいてしまう。
 さばかれた生徒達は自信を無くし、中には挫折感のあまり、自棄になったり、離脱する生徒もでてくる。
 自動車教習所で、違反切符を切られ、罰金をとられたり、運転がへたくそだからといって不登校になったり、まさか自殺する人なんかいないだろう。
 学校は、人生の自動車教習所でなければならないというのが本校の教育理念であります。

学校は自動車教習所

2016年11月30日

 確か芥川龍之介の随筆の「侏儒の言葉」の中に、人生の生きる訓練をしないで人は生まれて来るので、当然人生で失敗したり、挫折したり、時には自殺したりする人もでてくるという内容だったように思う。
 なぜか、このことがふと思い起こされた。
 自転車に来るのも訓練がいるように、学校に通うのにも訓練がいる。
 私の口癖の学校は自動車教習所だという考え方は、ある意味において、的を射ている。
 でも、現実の学校は、即、路上運転。違反をすれば、反則切符。訓練をしていない生徒達は、おどおど、まごまごしながら、反則切符を手にし、そのまま戻ってこれない場合だってある。
 学校が人として生きる生き方を教える場でなくなったのは、いつの頃なのか。
 私の先入観かもしれないけど、昔の学舎は〝人生如何に生くべきか〟を追求する場であったように思う。
 だから、先生に人格が要求された。
 今はどうだろう。まるで進学塾だ。
 生きる選択肢が序列化されている。
 学校に、職場にいい悪いなどある訳がない。でも、そんな社会状況の中で、やりたいことがやれず、働く意欲を失い、やけくそになっている子供達が増えつつある。
 なんとかしないといけない。

学問の醍醐味

2016年09月20日

長い間、学習が、勉強が、学問が、受験と深くつながっていたことは、早い時期に学問の本質にあこがれていた者にとっては、その意欲を削ぎ落とされたことも間違いありません。
私の誇るべき我が母校、県下の県立高校を落ちた者が集まる高等学校には、そんな愚痴も吹き飛んでしまうすばらしい先生が大勢いて、得体の知れない挫折感もあっという間に吹き飛んでしまいました。
この校風は、古く明治時代から続いており、近くは、かの有名な「財政の荒法師」・「行政の鬼」といった物物しい異名のある、また、「めざしの土光さん」と、清貧の人として親しまれ、仰がれていた土光敏夫という大人物を産みました。

高校の古文の藤光先生は、黒板に一首、美しい草書体で短歌を書き、その歌を五十分間鑑賞するという授業を展開されました。
鑑賞のための資料を広げていくやり方ではありませんでした。その三十一文字をどんどん掘り下げてゆき、作者の心の奥深くまで鑑賞眼を浸透させる授業に優等生はもとより劣等生まで度肝を抜かれました。
むしろ、受験に役に立たない、しかし、自分の生き方に触れる授業に目を輝かせたのは劣等生達でした。
また、民俗学者の地理の鶴藤先生は、地図帳だけを手にし、青白い顔して教室にやって来て、黒板に宙で書くわ書くわ。その暗記力というか、勉強力に生徒達は敬服しました。
かと思うと、はたと書く手を止め、自分の今研究している便所のはなしや夏休み、川の上流へ歩いて行くと、源流は民家の溝だったと言うような民俗学に関するはなしを熱っぽく話してくれました。

こんな授業がどれだけの生徒に学問のほんとうのおもしろさを伝えたことでしょう。
いや、それより、一つのことを掘り下げていくことの大切さと醍醐味を教えられたことは、生徒達が将来、あらゆる方面へ進んでいく上での貴重な経験となっています。

青春の痛手

2016年07月23日

学問のあり方について、この頃よく考えます。
私は、学問が嫌いではないにもかかわらず、中学の三年の頃から高校にかけて勉強から逃げ回っていたように思います。
その訳が今頃になって明らかになってきました。
いろんな教科で知識を学ぶ。当然、自分の興味をひく内容もあれば、そうでない内容もあります。それを満遍なく学習することに、しかも、記憶を強いられることに堪えられなかったように思います。
高校入試、大学入試が学問の終着駅のように思えたことが、私を勉強から遠ざけた最大の理由ではなかったかと思っています。
学問という真理の森にあこがれていた私に入試科目・入試問題、合格点という即物的なものを突き付けられた時の興醒めは確かに私の青春の痛手となったことは間違いありません。
しかし、この痛手は私の人生の中で色んな貴重なものを運んでくれる大きな大きな財産となりました。